読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

感考創彩

ちょっとの好奇心と工夫で、人生はずっと面白くなる。忙しい日々の中にちょっとしたゆとりと気づきを、人生に彩りを。そんなゆる〜いブログです。

AI業界と他業界の相互理解の不足

はてなブログの初めての記事が少し重い内容となってしまうけど。

今日話題に上がっていたこの動画について。

宮﨑駿監督にガチギレされるドワンゴ会長川上氏

 

この動画を見て感じるところは人様々だとは思いますが、自分は仕事柄、AI技術者からの視点で書いてみたいと思います。

 

なお、自分はこの部分からだけでは宮崎監督の「生命への侮辱」という主張はイマイチ腑に落ちませんでした(ゾンビの映像から障碍者を想起する、という主張も理解できませんし、この主張が通れば表現の自由は著しく制限されることになりそう)。

 

なのでここでは少し別の観点から、AI技術者として気をつけた方が良いのかも、という点を備忘録として書いてみます。

 

AI技術者が気をつけるべきこと

自分がこの動画を見ていて感じたのは、「AI業界の専門家」と「他業界の専門家」との相互理解の不足です。本来協働すべき双方がお互いの主張、価値観に囚われてしまい、今までにない新しい価値を生み出せたかもしれないチャンスを逸してしまうのは、甚だもったいないことだと感じます。

 

おそらくAI業界外の人が、あの奇妙な動きをするアニメーションを見せられて、その背後にある技術的な挑戦や成果を理解するのは、あの説明だけでは困難、というより恐らく無理でしょう。 

 

それ以上にゾンビの見た目の気持ち悪さに気を取られてしまい、生理的に拒否反応を引き起こしてしまう人もいるのは想像に難くありません。

変にリアルなゾンビと奇妙な動きばかりに気を取られてしまい、一番肝心なところがまるで伝わっていないのです。

 

自分の勝手な推測ですが、ここで技術的な成果としておそらく伝えたかったのは、

人間が歩き方を教えずとも、AIが自力で歩き方を習得した。その過程において、痛覚などの影響を外したところ、AIは頭を足のように使って移動することを自力で学習した。これは人間の常識に囚われていては間違いなく出てこない、AI独自の発想とも言える。AIを活用することで、人間の常識を超えた何らかのヒントを得られる可能性を秘めている」

こんな辺りにあるのでは、と推測しています(大きく外していたらすみません)。

おそらくは強化学習と呼ばれる手法の一つかと思います。

 

もう一つ気になってしまったのは、なぜ宮崎監督のお家芸でもあるアニメーションを使ってプレゼンをしてしまったのか。 

アニメーションの巨匠に、実験段階とはいえ人工知能の成果として安易にアニメーションでプレゼンを行うことはどうなのか?

 

相手の専門分野に対する敬意を欠いていると思われても仕方がないのでは、と感じます。「人工知能を使うことで、この程度のアニメーションなら人工知能で簡単かつ自動的に作れてしまいますよ」という誤ったメッセージを送りかねません。

 

もしこのような誤ったメッセージが相手に伝わってしまえば、相手は自分の仕事が軽んじられた、自分の専門分野に土足で踏み入れられた、と捉えられたとしても不思議ではない気がします。すると相手も当然自分の仕事への誇りから、「人工知能ごときに自分の専門分野を侵されてたまるか」との反発を受けても仕方ない。

 

相手の専門分野でプレゼンをするのであれば、その背後にある技術を誤解されないように丁寧に説明を加えたり、本質からズレた部分に変に気をとられないよう、題材を注意深く選択すべきだったかと思う。 

 

自分もことあるごとに反省することが多いのですが、AI技術者は他分野の専門家に対する敬意を忘れてはならない、と思います。

 

産業革命においては、人類は人間の手足を代替する機械を発明しました。

一方現在騒がれているAIは、人類の知能を飛躍的に拡張したり、部分的に代替する可能性を秘めています。その性質上、様々な産業に与える影響は計り知れません。

 

その一方で、仕事をロボットやAIに奪われる、という危機感を抱いている人が大多数存在しています。仕事は人間にとって、自尊心など自分の存在意義の根幹に関わってくる重要な要素。それだけに非常に敵視されがちなテクノロジーです。

 

そのことを忘れずに、AI技術者も襟を正して、倫理観と他業界への敬意、そしてAI技術を可能な限り正しく理解してもらう努力を忘れずに、研究を進めていく必要があるのでは、と思わされた次第です。